月下美人(14年8月)

月下美人、この艶やかな花の名前を聞いたことがある人はいても、
実際に咲いているのを見た人は少ないのではないだろうか?
なぜなら、この花は午後の9時頃に咲き始め
3時間程過ぎた12時頃には花を閉じてしまう。

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私の友人に関西と東京に家があって、
行ったり来たりしながら故郷の北海道や育った九州の地を訪ね、
さらに海外旅行まで飛び回っている人がいる。
電話をかけても自宅にはほとんど繋がらない。
私は彼女のことを回遊魚と呼んでいる。
そんな彼女が関西の家の広いベランダに花を育てられなくても、
月下美人だけは毎年見事に花を開かせていたのである。
乾燥に強いこの花が、留守がちな彼女に合っていたのだろうか?
しかしそれだけではない。
夏は外に出し冬は室内に取り入れて、
毎年の鉢土の入れ替えは怠らなかったようだ。
多い時は100輪もの花が咲いたらしい。

そんな彼女からある年の夏
月下美人の花が咲きそうだから午後8時に見に来て。」
と連絡があった。
夜になって出かけることがほとんどなかった私は、
少し涼しくなった夏の夕刻、
明かりの付き始めた街を浮き足立って彼女の家を訪ねた。
20畳のリビングと6畳の和室を開け放った広いスペースの中に、
月下美人は厚みのあるサボテンの葉を長くした
昆布のような形を悠々と広げていた。
彼女の数人の友人もすでに到着していて、さらに三々五々集まってきた。
それぞれに紹介を受けて、地方の珍しいものを頂きながら宴は始まった。

月下美人の花は、長い茎を足れ下げたつぼみのままでなかなか開かない。
今か今かと待つうちに、午後9時を過ぎた頃やっと花が開いてきた。
真っ白で透明感のある薄い花びらが何十にも重なり、
カップ形をした大輪の花は十数センチあるだろうか、
丁度両手の中に治まる大きさであった。
蓮の花のような形であるがもっと花びらは細く先が尖っている。
後ろには少し赤みを帯びた細い包または柄だろうか、
花より大きな広がりで何十本も触手のように
花を守ってさらに美しく大きく咲いている。
月の出る頃豊潤な芳香を放って咲くこの花は、
何故このような大輪を暗くなって咲かせるのだろうか?
調べてみるとメキシコの熱帯雨林原産で、
なんと小型コウモリが蜜を吸いにくるとのことであった。
鳥ではなく夜のコウモリ?
夜の花は夜行性の動物と共存して花粉を運ばれているのだった。
翌日彼女は東京に戻ることになっていて、
まだつぼんだままの花は次々に闇の中で咲き続けるのだと言う。

時は流れて、同級生であった私たちは早や高齢期を迎えている。
広いマンションに住んでいた彼女は、
交通の便が良い芦屋のこじんまりとしたマンションに引っ越した。
相当の家財や持ち物を処分したらしい。
いつもながらその潔さに驚かされる。
3メートルの長い大理石の天板があるサイドボードを、
引っ越し先に持ち込んだ苦労の顛末は聞いていたが、
月下の美人はどうなったのだろう?
今度会った時聞いてみたいと思っている。

 

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